【カトリック新聞】 「手による聖体拝領」導入報道記事(1970年10月11日付) ①

1970年5月に日本司教協議会は「聖体を手に授ける」ことを決定し、同年6月20日付(※1で典礼聖省(現・典礼秘跡省)へ許可を申請しました。同年6月27日に典礼聖省から許可が下りた後、司教協議会はこの「新方式」を実施するための手引きを作成するよう、典礼司教委員会(※2)へ依頼しました。そして、当該手引きの完成文を、1970年10月11日付けのカトリック新聞にて発表しました。

同新聞記事においては、読者に「手による聖体拝領は強制しません。今まで通り、口による拝領を望む人は手を出さずに口を開けてその意志を表してください」とのメッセージを伝えています

一方で、当時の聖座と日本の司教協議会の異常性を如実に伝えている記事でもあります。

以下、新聞記事の全文を紹介いたします。

※1 参照『日本におけるミサ中の聖体拝領の方法に関する指針』 (発行日 2014年11月30日) p.4

※2 典礼司教委員会: 1970年当時の「日本典礼司教委員会」委員長は浦和教区長・長江恵司教(当時、教皇庁典礼聖省委員でもある)、典礼司教委秘書は土屋吉正神父(イエズス会)
 本情報はカトリック新聞の1970年4月19日、6月21日、7月26日の記事より。


1970年10月11日付けカトリック新聞の一面記事

記事構成
① 見出しとリード文
② 典礼聖省からの書簡および「指針」
③ 「聖体を手に授けるための手引」典礼委員会編
④ 手による聖体拝領の図説
 ※ 以下、新聞記事文中の強調は当サイト管理人による。適宜、改行も入れた。

聖体拝領

① 見出しとリード文

手による聖体拝領

「聖体を手に授ける」 聖体拝領に新方式

 日本司教協議会は五月の定例総会で、聖体拝領に際して”聖体を手に授ける”ことを決定してローマに申請していたところ、このほど典礼聖省長官ベンノ・グート枢機卿から、将来、信者に聖体を手に授けるための指針が届いた。その全文は次のとおり。したがって信者は聖体拝領のさい聖体を”手に受けて”拝領することになる。これに基づいて同司教協議会では、このための具体的な”手引き”を作成するよう典礼司教委員会に依頼していたが、種々研究のすえ出来上がり別掲のように発表した。


② 典礼聖省からの書簡および「指針」

典礼聖省からの指針
 
日本司教協議会は、聖体拝領に際して、信者が聖体を手に受けて拝領できる許可を要請しました。これに対して、わたしは次のようにお答えします。
 教皇は、一九六九年五月二十九日付の同封指針が伝統的な慣習を保持していることを想記しながらも、日本司教協議会がこのような要請を行なうにあたって、その根拠とされた種々の動機と、さらにこの問題に関して行なわれた投票の結果を考慮されました。そして以下のように実施されることに同意しておられます。
 すなわち、日本司教協議会の管轄地域ではそれぞれの司教は、自らの判断と責任において、管轄司教区内で聖体拝領の新しい儀式の導入を許可することができます。ただし、その際に、信者を驚かせるようないっさいのこと、および聖体への尊崇の念を失わせるおそれのある聖体への尊崇の念を失わせるおそれのあるいっさいのことを避けるようにしてください。
 このために、次のような基準を考慮してください。

1 聖体拝領の新しい方法は従来の慣習を排除してしまうようなしかたで、おしつけられてはなりません。特に、たいせつなことですが、聖体拝領の新しい方式が適法として認められている所で、聖体を手に受ける人びとが、同時に拝領する場合にも、それぞれの信者は聖体を舌で受けて拝領できるように配慮する必要があります。事実、これら二つの聖体拝領の方法は、同一の典礼行為の中で、なんらの困難もなく共存できます。
 このことを指摘しておくのは、一つには、ある人々にとって、この聖体拝領の新しい儀式が、聖体に対するその人固有の信仰心を乱す原因とならないようにするためであり、また一つには、本来一致の源泉であり根拠であるこの秘跡が、信者の間に対立を引き起こす機会とならないようにするためです。

 2 信者が、聖体を手で受けて拝領する儀式の導入には、慎重な配慮が必要です。実際それは人間の態度に、かかわることがらなのですから、それを採用する信者らの感受性と心の用意に密接な関係があります。したがって、新しい方法の導入にあたっては段階を追って、まず、よく準備のできたグループから始めるのがよいでしょう。
 ことに、この新しい儀式の導入に先だって、じゅうぶんな準備教育を行ない、信者がその動作の意味を正確に理解し、秘跡に対するふさわしい尊敬を保ってそれを行なうように配慮しなければなりません。
 このような準備教育によって、聖体におけるキリストの現存に関する信仰が、教会の意識の中で弱まってきたような印象はどのように小さなものでもそれを避けるようにし、さらに涜聖に陥る危険、あるいはそのように見えることはすべて排除するようにしてください。

 3 聖体を、信者が手で受けて、口に持っていくことができるということが、このパンを普通のパン、あるいは単に祝別されたものと同様にみなす機会とならないようにしなければなりません。
 かえって、聖体を手にうけて、拝領できるということは、洗礼と聖体の秘跡の恵みによって、キリストの神秘体の一員となった信者にも尊厳をいっそう深く感じとらせ、さらに自分の手で触れる主のからだと血の偉大な現実に対する信仰をますます強めるものとならなければなりません。尊敬の心は動作に比例するはずです。

 4  拝領の具体的な方法については、古代教会の伝統が伝えている方針に従うのがよいでしょう。司祭または助祭が拝領者の手に聖体をおくという伝統的な方法は、司祭と助祭の奉仕の役割をはっきりあらわしているからです。
 しかし、もっと簡単な方法を用いることもでき、信者が直接、聖体の器の中から取るようにしてもよいのです。どの方法を用いるにせよ、信者は自席にもどる前に聖体を拝領しおわるようにしなければなりません。また奉仕者の役割りは「キリストのからだ」という定句によって強調され、信者はこれに「アーメン」と答えます。

 5 聖体拝領にあたって、どの形式が用いられるにせよ、聖体の小片が落ちたり、飛び散ったりしないように気をつけてください。また手を清潔にしておくとか、それぞれの民族の習慣に従った適当な動作などについても配慮されなければなりません。

 6 ホスチアをおん血にひたす形での両形態による拝領の場合には、主のおん血にひたされたホスチアを信者の手に置くことはけっして許されません。

 7 聖体拝領の新しい方法を導入する許可を受けた司教は、むこう6カ月間の結果を報告書にまとめ、当聖省あて送ってくださるようにお願いします。

 

③ 「聖体を手に授けるための手引」典礼委員会編

手による聖体拝領

できる所から実施

 典礼聖省から、信者が手で聖体を受ける許可が出ましたが、急いで一律に実施するのではなく、その意味をよく説明したうえで、よく準備された小さい共同体から始め、徐々にこの方法を取り入れるようにしてください。ただし、同聖省からの注意にもあるように、だれも、強制されることがないよう、今までのとおり直接に口に受けるほうを望む人は、拝領のとき手を出さずに、口を明けて〔原文ママ〕その意志を表わすことをすすめてください。

 聖体を信者が手で受ける方法としては、場合によって次のようなものがあります。

 1 一般には、典礼聖省の指針に従って、古代教会の伝統的な方法がすすめられます。この場合、聖体を授ける奉仕者は、信者の”手のひら”に聖体を置きますから、手で受けることを望む人は、左手の手のひらを上にし、その下に右手を軽くそえて両手を差し出します。聖体を手に受けたら、右手の親指と人差指で聖体をうやうやしく取り上げ、左手は右手を受けるようにそなえながら、自分で口に入れて拝領します。片手で、指から指へ渡すようなやり方は避けてください。

 2 少人数で、行なわれるミサで、信者が祭壇を取り囲んでいる場合、信者が直接、聖体の器から右の手で聖体をうやうやしく取り上げることもできます。その場合も、必ず左手を右手にそえ、両手で口のほうに持って行きます。片手で、つまみ食いのようにならないよう、気をつけてください。

 3 家庭ミサのような場合で、少人数が祭壇を囲んですわっている時などには、聖体の器を回わし各自が右手で、左の手のひらの上に聖体を受け、一同そろうのを待ってから、いっしょに信仰を告白して、皆が同時に拝領することもできます。

 1の方法で一同が縦に並んで前に進み出て拝領する場合、手に受ける位置のひとり手前のところで、手を合わせたまま頭を下げ、聖体を手に受けたあとは、右か左に一歩横に寄り、次の人がすぐ前に出られるようにしてから、自分で拝領し、ただちに席にもどるようにすれば、行列は混雑することなく流れるようになります。
 信者の手に聖体を授けることを実施するにあたって、聖堂入り口付近に、手を清める所を設けることもできます。

④ 手による聖体拝領の図説

聖体拝領に新方式(1970年10月11日付カトリック新聞)


以上の通り、「信者は手による聖体拝領を強制されてはならない」旨がはっきりと掲載されています。それでは、今も一部で存在する「手による拝領の強制あるいは強い推奨」は一体なんなのでしょうか(1)

また、この記事の異常な点を3つだけ挙げると、
【1】 従来の「口による拝領」も認められる旨を明記しているにもかかわらず、リード文にて「したがって信者は聖体拝領のさい聖体を”手に受けて”拝領することになる(2)と結論している。

【2】 新方式導入という重大な内容にもかかわらず、導入の背景や理由が一切報じられていない。

【3】 典礼聖省および日本の典礼司教委員会が「信者がチボリウム(聖体器)から直接御聖体を手で取りあげることができる」(3)との異常な見解を述べている。
  ※ 無論、現在は禁じられている

これだけでも極めて異常ですが、リード文時点から堂々と嘘が書かれています。次回のブログ記事で、その虚偽について述べることにいたします。

手による聖体拝領
◆2018年8月14日追記
脱字、画像について修正しました。
注釈

(1) 『日本におけるミサ中の聖体拝領の方法に関する指針』(発行日 2014年11月30日)においても、p.10の解説箇所にて「拝領者自身が、聖別されたパンを手で受けるか口で受けるかを選ぶことができます」とあります。


(2) 女子パウロ会のWebサイト「Laudate」の「今日の出来事」にて、5月29日のページには「典礼秘跡省からの指針で、聖体を手で受け、拝領するようになる(1970年)」と掲載されています。新聞のリード文とちょっと似ていますが、同文を参考にして書いたのでしょうか…。

なお、「1970年5月29日」という年月日は誤りだと思われます。典礼聖省による指針『メモリアーレ・ドミニ』が公布された日付が「1969年5月29日」であり、その後の1970年の導入経緯は本ブログ記事の冒頭に記載した通りです。

 ※ Laudate 「今日の出来事」の情報源: ブログ「Rick’s Cafe」の2012年5月29日の記事


(3)  典礼聖省書簡の4番のうち「しかし、もっと簡単な方法を用いることもでき、信者が直接、聖体の器の中から取るようにしてもよいのです。」と、日本の「聖体を手に授けるための手引」の2番は、その後に発行された『カトリック儀式書 ミサ以外のときの聖体拝領と聖体礼拝』(1989年6月1日、カトリック中央協議会発行)にてそれぞれ〔中略〕、〔略〕とされており、文章自体が掲載されておりません。
ただし、「聖体を手に授けるための手引」の3番はそのまま掲載されています。

この〔中略〕については、Webサイト「護教の盾」の一連の記事(2014年11月)にて詳述されています。

● 新聞記事について補足: 1970年10月11日付けカトリック新聞の一面トップは、「信者35万6千余」と伝える70年度教勢記事です。聖体拝領の新方式については、2番目に大きな記事です。