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ウィリアム・グリム神父は聖体拝領のために跪く外国人信徒をいまだ拒絶している(2019年10月)

さる11月2日(土)、東京カテドラルでのカトリック・アクション同志会主催による司教荘厳ミサにて、少なくない信徒が「誰にも叱責されない平和な雰囲気」のなかで安心して跪いて御聖体を拝領したことと思われます。

その僅か6日前の10月27日(日)に、同じ東京大司教区の教会にて、御聖体を拝領するために跪いた信徒を司祭が拒絶する事件が起こりました。拒絶した司祭は、メリノール宣教会のウィリアム・グリム神父(William Grimm, M.M.)です。被害者ご本人の「Aさん」(仮名)から伺った情報をもとに、以下報告いたします。(故意に曖昧にして書いている部分があることをご承知願います。)


2019年10月下旬から11月初頭にかけて、カナダ在住のAさんは家族旅行で東京に来られていました。Aさんはフィリピンで生まれ育ち、伝統的なカトリックの信仰を大切にされている方です。10月27日(日)も主日の義務を守るために、英語での御ミサを立てている東京の教会を調べて、六本木にあるフランシスカン・チャペル・センターで献げられる10時の御ミサに家族とともに与ることにしたとのことです。

フランシスカン・チャペル・センター

そして、御ミサでの聖体拝領において、御聖体に敬意を払うためにAさんが司祭の前で跪いたところ、同司祭は御聖体の授与を拒否しました。見下すような尊大な口調(condescending tone)で、 Aさんを訓誡するかのように「立て、立て。立っていなければならないんだ」(“get up get up, you have to be standing”)、「ルールを思い出せ」と言い放ちました。Aさんはあまりにもショックを受けたので、そのまま何も言わず、静かに自席へ戻りました。Aさんの後ろに並んでいたお子さんも、この光景を見て御聖体を拝領せずに席へ戻りました。

Aさんが自席へ向かって立ち去る様子を見ていたAさんの家族は、そのときグリム神父が「OK、バイバイ」の嫌みな手ぶりをする様を目撃しました。

この御ミサでの聖体拝領では、他の被害者もいました。Aさんの知り合いではない家族のお子さんも、(平信徒且つ臨時の)聖体奉仕者の前で跪き、やはり立つように言われたとのこと。親御さんがその理由を聞こうとしたようですが、端から見た様子だと、Aさんと同じような言葉を述べられたように思われるとのことでした。

その後、当日27日の夜にAさんはフランシスカン・チャペル・センターの公式メールアドレス宛てにメールを送信しました。内容は、「私は観光客なので『ルール』についてはよく知らない。跪いての聖体拝領を固く禁じるGIRM(ローマ・ミサ典礼書の総則)の(東京)大司教区版があるのですか?」という疑問および、バチカン発行の各種教会文書を提示した上での、聖体拝領のときの跪きは拒絶されるべきではないとの主張です。この主張にあたっては、GIRMの160番、指針『あがないの秘跡』の90番、教会法 第843条第1項、教皇儀典室発行の「跪いての舌での聖体拝領」を主張する文書拙訳を引用して、根拠を具体的に示しました。そして、文章の末尾を「御返信をお待ちしております」との文言で締めくくったものの、11月6日現在、返信は届いていないとのことです。

聖務者は、適宜に秘跡を求める者に対し、その者がふさわしく準備しており、かつ法律上秘跡の受領を禁じられている者でないならば、それを拒んではならない。

教会法 第843条(1)– 『カトリック新教会法典』有斐閣、2001年、p.465

それから、司祭はパテナまたはピクシスを取って、通常は行列をして来る拝領者に近づく。

信者が聖別されたパンやカリスを自ら手に取ること、ましてそれらを互いに手で渡すことは許されない。信者は司教協議会の決定に従って、ひざまずくか立って拝領する。立って拝領する場合、決定された規則に従って、秘跡を受ける前にふさわしい尊敬を表すよう勧められる。

信者は、使徒座の承認を得た方法で、「司教教義会の決定に従って、ひざまずくか立って拝領する」。しかし、「立って拝領する場合、決定された規則に従って、秘跡を受ける前にふさわしい尊敬を表すよう勧められる。」


この事件の後、ひょんなことから私はAさんとメッセージをやり取りすることとなり、この忌まわしい事件について教えてもらいました。Aさんは、2014年に日本司教団が「原則として御聖体は立って拝領する」との指針を出したことについては当然ながら知らなかったとのことです。私は、2019年7月に日本司教協議会へ嘆願書を送付し、いまだ何の反応もないということも伝えました。

そして、Aさんに以下のスクリーンショット写真(出典: FCC公式サイトトップページを送信して「この写真の中に件の司祭はいますか?」と尋ねてみました。

すると、“That’s him”とのメッセージとともにトリミングされた写真が返ってきました。

ウィリアム・グリム神父

ウィリアム・グリム神父です。

Fr William Grimm
ウィリアム・グリム神父(William Grimm, M.M.)出典

彼は従前よりフランシスカン・チャペル・センターで聖体拝領のために跪く信徒を拒絶し続けており、2015年12月には跪いた女性信徒の肘をつかんで身体を引き起こそうとした事件を起こしております。米国カトリックメディアもこの事件について報道しました。日本の一部信徒の間でも、本件について話題になりました。今回のAさんの件で判明したのは、当該報道後も依然としてグリム神父は御聖体拝領のときの跪きを認めていないということです。

同神父について知らない方のために書き記しておくと、彼はカトリック新聞(日本司教団の機関紙)の元編集長です。また、東京カテドラル聖マリア大聖堂で2017年10月に「宗教改革500周年」を記念するエキュメニカルなコンサートを開催することを企画していました。企画段階でのコンサートの指揮者はフリーメイソンのロバート・ライカーでした。(詳しくは記事末尾のリンクご参照。)

幸いにもこの企画は実現しなかったようですが(※)、宗教改革のための式典、フリーメイソンの起用、跪きの禁止・・・。彼は一体何者なのでしょうか。なお、Aさんによれば、10月27日のミサ説教で彼はアマゾン・シノドスを絶賛していたとのことです。

※ 2017年11月23日に長崎カテドラル浦上教会にて「宗教改革500年」記念式典が開催されたものの (参考: カトリック中央協議会)、東京では式典やコンサートはなかったという認識です。本式典の企画倒れとは関連がないかもしれませんが、東京大司教区長の交代がちょうどこの年の10-12月でした。


Aさんのメールの件に戻ります。私はAさんからフランシスカン・チャペル・センター宛ての上述のメールを転送していただき、全文を拝読しました。メール送信先の聖職者達に対する敬意を保ちつつ書かれた文面でした。センター側が10日以上も返信しないでいることが不思議でなりません。

センター宛てのメール本文には、「この主日の御ミサは、これまで私達が世界のどこにおいても経験したことがないものでした」という率直な心情も述べられていました。親子連れでの東京旅行が、忌まわしい罪を目撃することになった事態について、日本の信徒として大変申し訳なく思います。

本件、「聖体拝領のときの聖職者による加害行為」に対して日本の高位聖職者方が何らかの防止策を講じていれば、起こらなかったかもしれない事件でした。海外からの旅行者にとって、よほどの日本の教会事情通でない限り、日本独自の「適応ルール」を知りようがありません。今後も同様の事件が起こる可能性は高いでしょう。

イエズス様、一体いつになれば対策が講じられるのでしょうか・・・。


2019年11月14日追記: 追加の嘆願書

Aさんのご了承のもと、菊地功大司教様宛てへお手紙を送付させていただきました。内容は当該事件のご報告と、7月中旬に送付した嘆願書でお願いした 2件(「御聖体拝領に伴う被害」に対する何らかの見解の速報、被害防止のための諸策通知)についての改めてのお願いです。日本に住む信徒に加え、海外からの旅行者の信徒のためにも、再び被害が起こらないようにお願いさせていただきました。この手紙(追加の嘆願書)は、11月11日(月)に速達で発送し、11月12日(火)AMに到着していることを確認済みです。

皆様、日本の教会のために、そしてAさん達のためにお祈りいただけましたら幸いです。

イエズス様
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ああ、キリスト信者の扶助たすけなる聖マリア、我等のために祈り給え。(三百日)


  参考記事リンク

バチカン教皇儀典室: 「跪いての舌での聖体拝領」を主張する文書

Tokyo Priests Forbid Kneeling for Holy Communion (March 31, 2016) – Church Militant

カトリック・アクション同志会FacebookグループへのWG神父の件の投稿(2016年5月)(FBのアカウントがなくても閲覧可)

以下、Webサイト「護教の盾」の記事
【2014年5月2日付け】
カトリック新聞元編集長 ウイリアム・グリム神父 Part 1
「3のルール」とフリーメイソン

【2016年5月27日付け】
フランシスカン・チャペル・センター(六本木教会)に於ける二人の司祭の横暴と傲慢(と頭のおかしさ) Part 1
ウイリアム・グリム神父は、あんな行状を為していても、厚顔なことに、なお「善」を偽造する
ウイリアム・グリム神父が「宗教改革500周年」のために自ら立ち上げた企画に於いて来年「東京カテドラル聖マリア大聖堂」でタクトを振らせようとしている音楽家はフリーメイソンである Part 1