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ローマ公教要理 TOP( 使徒信経、秘跡、十戒の部)

ローマ公教要理 使徒信経の部』(索引ページ
ローマ公教要理 秘跡の部』(索引ページ
『ローマ公教要理 十戒の部

ローマ公教要理 聖書略字表

英語サイト
The Catechism of The Council of Trent 
Catechism of the Council of Trent for Parish Priests (1923)(Google Books) 他

※ 第四部の祈りについては訳出されていないため、英語のWebサイトなどをご参照ください。
※ 誤字脱字と思われる箇所は修正いたしました。
※ OCR(光学文字認識)がうまくいかず、誤変換されている箇所が残っているかもしれません。気づき次第、修正いたします。

当サイト管理人より
  • もしカトリックの要理(カテキズム)を学んだことがなければ、『公教要理』(リンク12)や心のともしび『カトリック要理の友』(分かりやすい解説文つき)、聖ピオ十世教皇様による『公教要理詳解』を読んでから、この『ローマ公教要理』へ移った方が分かりやすいかと思われます。

  • 嘆かわしいことに、日本の教会の「至宝の書」と言うべき本書は再販見込みがないため、本サイトに転載している次第です。訳・編者の岩村清太名誉教授からは三冊分の転載許可を賜っております。ただし、岩村先生は当サイト管理人による他ページ記事とは一切関係がございません。
聖カルロ・ボロメオの肖像画
聖カルロ・ボロメオ (1538-1584)

まえがき

 ローマ公教要理は、キリスト教の教義を要約したものの中で、きわだった権威をもっている。それはトリエント公会議の特別の要請によって作成され、歴代の教皇や著名な神学者からも最高の賛辞を受けた上、その後に作成された多くの公教要理もこれに基づいて編纂されたからである。

 教皇レオ十三世は、フランスの司教・司祭にあてた一八九九年九月八日付の教皇書簡で次のように述べておられる。「ローマ公教要理は、正確で豊富な教義と洗練された文体のゆえに注目すべきものであり教義神学および倫理神学の両面における立派な要約と言えよう。これをよく理解できる人は、司祭ならば実り豊かな説教を行ない、霊的指導や告解の秘跡をつつがなくとり行ない、異説を退けることを可能ならしめる助けを常に我がものとなすことができるのである。」

 教皇ピオ十世は、一九○五年四月十五日付の回勅Acerbo Nimisにおいて、成人の宗教教育はローマ公教要理に基づいてなされるべきであると述べられた。このローマ公教要理に基づく「小教区における教理指導課程」についてのニューヨーク大司教の手によって作成された教案に関連して、一九二一年、ガスパリ枢機卿は教皇ベネディクト十五世の名において、同大司教に次のように書き送った。「トリエント公議会のすぐれた公教要理と完全な調和をたもちながら、立案され作成されたということ自体によって高められたこの指導課程に、敢て何をつけ加える必要があろうか。」

 この公教要理に対する権威筋の賛辞は際限なく引用できよう。使徒の時代より、これほど完全で実用的にキリスト教の教義を要約した書物は他に見られず、聖書に次いで、読んで安全で有益な書であるということは、今までの司教や著名な神学者の間に共通する見解である。

 聖カルロ・ボロメオの友人であったヴァレリウス枢機卿は次のように述べている。「この公教要理には信徒を教導するのに必要なことがすべて含まれている。そして非常に整然と明確に、しかも威厳をもって書かれているので、聖霊に教えられた母なる教会が自ら私たちに語りかけているように思われる。これは聖霊の神感を受けてトリエント公会議の教父たちの要請によって編纂され、キリストの代理者の権威によって出版されたものである(1)。」

 サレジオの聖フランシスコの指導者であったアントニオ・ポッセヴィーノは、「トリエント公会談の公教要理は聖霊の神感を受けたものである(2)」と述べた。ニューマン枢機卿もその不滅の著作Apologia pro Vita Suaにおいて、次のように書き記している。「トリエント公会議の公教要理は、司祭に説教の材料を提供するという明らかな目的をもって作成された。私のすべての著作は自分の立場を弁護するためであるので、説教の材料や教義を得るためにこの美しく完全な公教要理に目を通すことなく説教することは滅多にないと言うことができよう(3)。」

 今日では、一九七一年総要理指針を発行した聖職者聖省の長官ライト枢機卿は、第二バチカン公会議はローマ公教要理の基礎となっているトリエント公会議で決定された如何なる事実にも相反するものではないと述べ(4)、さらにローマ公教要理をモデルとして作成された古くからの公教要理について語ったとき、次のように言明した。「私は、今なお、歴史的な公教要理から方向づけを借りうけるつもりでおります。その再版をやめるつもりはありません(5)。」

 ライト枢機卿のこの言葉は、特に現代のキリスト教徒に対して特別の意味を示唆するものである。今日、新たに刊行されている多くの公教要理は、信仰の生命力ある真実を昔から内に秘め、過不足なくまとめあげられた公式を軽んずる傾向があるからである。それらは「あいまいなものに対する崇拝をも含めた現代思想によって汚されて(6)」いるのである。

 宗教改革の直後、信者を惑わせようとして、教義上の誤まりを含む多くの公教要理が改革者たちによって出版されたように、今日でもあの当時のような道を迷わせるいくつかの公教要理が発行されたり、まぎらわしい教材が出されたりしている。そしてこの事態は、今日ではもっと深刻になっている。というのは、その誤った考え方が、ある国々では宗教教育のテキストを編纂する任務をもつ「専門家」の機関や委員会そのものによって紹介されているからである。

 再度、ライト枢機卿の言葉を借りて、「私たちの道案内となる星の光のように、道路地図かチェックリストとして用いることができる(7)」伝統的な公教要理に今一度ぜひ立ち帰らねばならない。

 結論として、この公教要理ほど、確固たる教義と実用性を柔軟に組みあわせた要理テキストは他にないと言っても誇張ではない。最初から最後まで、信仰の光を反映しているのみならず、信心や敬虐のあたたかさにあふれているのである。信仰宣言や秘跡の部では最も深遠な奥義をあつかっているにもかかわらず、熱烈な、インスピレーションの豊かな考察に富んでいる。十戒の部は修徳神学論とでも呼べる箇所であって、避けるべきことと、神の徒を守るために果さねばならないことを熱意に燃えた表現で教えている。この美しい公教要理の第四部には、今までに作られた祈りの中で最も天上的な祈りが挙げられている。

 それゆえ、ローマ公教要理は教義神学ならびに修徳神学の提要であり、聴罪司祭にとっては手引きとなり、説教者のための解説書であり、牧者にとっても羊にとっても同じように霊的生活の指導の逸品である。

 今般、京都教区の司教が同教区の聖職者や信徒のためにこの公教要理を利用できるようにしたいという希望を表わされたのである。こうして古屋司教の励ましを受けて、精道教育促進協会は、この邦語訳がわが国の一般信徒に快く受けいれられるものであるという確信をもって、この作成にあたったのである。


(1) Ad Acol. Veron, lib. I
(2) Cursus, IX, p.684
(3) Ch. V, p.280
(4) 「ライト枢機卿との会見」
(5) 前掲書
(6) 前掲書

訳者序言 ―

〔※『ローマ公教要理 秘跡の部』の訳者序言より〕

 この訳書の原書名はCatechismus, ex decreto ss. concilii Tridentini ad parochos, Pii V pont. max. jussu edituで普通にはトリエント公会議の公教要理といわれているが、実際にはトリエント公会議の教父たちの要求によって主任司祭たちのために作成された神学提要である。この書はまたCatechismus Romanusともよばれているが、それはこの本が一五六六年はじめてローマで出版されたからである。

 トリエント公会議の教理提要の起源および目的について原著者たちはつぎのように記している。「公会議の教父たちは、司牧者および教える立場にある人々が、教うべき真理を、なんらの誤謬の恐れなくくみとりうる本を、公会議の権威によって編纂することはきわめて大切なことであると考えた。なぜなら「主は一つ、信仰は一つ」(エフェゾ4・5)であるように、また信者に信仰および信仰からくる義務を教えるための基準および方法も唯一かつ同一となるであろうから」と。

 公会議によって選出された編纂者というのは、まずCardinal Seripandi, Michaël Medina, Cardinal Antonino, Petrus CalesiniそれにJulius Poggianiであった。彼らは第十八会期からほとんど二年間にわたって、すなわち一五六二年二月から一五六三年十二月まで編纂につとめた。ついで公会議終了後、ピオ四世はS. Carolus Borromaeusに命じてこの事業を完全にさせた。聖人は、すでに公会議において教義書の検閲、ミサ典書、聖務日祷などの改作に経験をつんだドミニコ会の三神学者、Franciscus Forciro, Leonardus Marini, Aegidius Foscariの協力をもとめ、三年の年月をかけてこの教理提要を仕上げた。五年にもわたる細密な編纂ののちにもなお、ピオ五世はさらにCardinal Sirleに命じて多数の神学者を動かして校閲を求め、そうしたのちにはじめて、一五六六年九月二四日付をもって認可されるに至ったのである。その後グレゴリウス十三世はこの公教要理の新版を出したが、それは教会法の改訂の基礎となったことを付記しておこう。

 内容は大別して四部に分かれ、第一部は使徒信経を中心に信ずべきことについて、第二部はトリエント公会議が決定した順序にしたがって秘跡についてのべ、第三部は天主の十戒について、第四部は祈り、とくに主祷文について説明しているが、ここでは第二部だけを訳出した。

 ちなみに第八章の婚姻の秘跡はスルピス会員のジャン・ポール・ラベル師と九州大学大学院の河井田研明氏の共訳によるものをそのまま加えさせていただいた。両氏のご好意に対して心から感謝する。

 最後に読者が、中世において教会刷新の原動力となったトリエントの公会議の秘跡に関する教えを体得することによって、第二バチカン公会議がめざす、とくに典礼による霊的向上をとげることを希望し、祈ってやまない。

一九六五年五月二十七日
 わが主のご昇天の大祝日

         岩村清太